【博多店:絵画買取】上村松篁 リトグラフ
上村松篁(うえむらしょうこう)とは
上村松篁(本名:上村信太郎)は1902年(明治35年)京都生まれの日本画家です。
母は美人画で有名な日本画家・上村松園であり、その母から影響を受け、自身も日本画家の道へと進みます。
ちなみに息子も日本画家・上村淳之(うえむらあつし)といった芸術一家でもあります。
そんな幼少期の松篁は母に対し、「二階のお母さん」と言い表したそうで、一般的な母親像とは違う“母”に対し、少し寂しい思いを込めて使った言葉かもしれません。母・松園は松園で、部屋に籠もって大作を描きあげる画家としてのプライドもあったのでしょう。
そんな母を意識してか、松篁は美人画を描くことはなかったそうです。

鳥を描き続けた松篁
松篁は母校である京都市立美術工芸学校で教鞭を執ることになり、そこで動物画の指導をするにあたり動物画に挑戦したことがきっかけで、のめり込むように動物の写生にこだわるようになります。
中でも鳥をテーマに制作し、リアリティを追求するあまり自宅に1000羽を超える鳥を飼育していたというエピソードがあります。
その飼育場所を“鳥が鳴く小屋”といった意味の「唳禽荘(れいきんそう)」と名付け、そこで鳥たちを放し飼いにしていたそうで、より自然体で生き生きとした鳥の姿を日々観察し、ひたすら鳥たちをスケッチし続けていたそうです。
またその徹底振りは日本だけに留まらず、オーストラリアやインド、東南アジアなどにも渡り、鳥を観察・スケッチしたほどだそう。
「鳥の生活を理解しなければ、鳥は描けない」と言った松篁の言葉には、驕らず徹底した描写に心血を注いだ画家人生が表されているようで、非常に心に残りました。
とことん追求する姿勢や鳥を通してみる日本の四季折々に鳥の感情までをも表現しようとしたところが、上村松篁の大きな魅力ではないでしょうか。

さいごに